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江戸時代の浮世絵や文学など娯楽文化は江戸から離れた、例えば東北な

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江戸時代の浮世絵や文学など娯楽文化は江戸から離れた、例えば東北などでは広まっていたでしょうか?



江戸以外では上方(京・大坂)が文学・芸能・美術が盛んでした。
現在では江戸の文化が異常に持ち上げられているせいで
不当に低く見られている(またはまったくなかったことにされている)
ところはありますね。
歌舞伎も浮世絵も読本も当時は江戸と二分するほど盛んでした。
地方でも規模は小さくなるんですが
文芸や美術はそれなりに盛んです。
当時は参勤交代の制度があったので
江戸や上方で流行ったものはすぐに各地に伝播するのですよ。
浮世絵・戯作などの出版は全国で行われており、
有名なところで葛飾北斎の北斎漫画は名古屋で出版したものです。
歌舞伎も全国で人気があり
北海道の松前藩に芝居小屋があったという記録もあります。
◆ほうほうなるほど。詳しくありがとうございます。
◆浮世絵は江戸土産として人気でしたし、昔は江戸や京など都市部の絵師や俳諧師は旅に出て、その土地の有力者の家などに宿泊して、絵を描いたり、俳句の添削をしたりすることが生業の一部でした。
有力者の家では宿泊料をとりませんし、そこに村の人たちも集まってきて、文化サロンのようなものをつくっていました。
江戸などの都市部ではなくとも、地歌舞伎(じかぶき)など村人たちが歌舞伎を演じたり、人形浄瑠璃をする土地もたくさんあります。
江戸時代、けっこう通信網が発達してまして、文通で囲碁や算術のやりとりをしたりした記録もあります。
それぞれの土地で、きちんと文化は発展してましたし、江戸や京の情報も速いときには一週間くらいで伝わってます。北前船など海上交通、五街道の整備などで物資の流通とともに情報も運ばれていたのです。
◆「広まった」と、伝わったを同義とするなら、
知っていた人は知っていたでしょう。
当時の東北(九州などの西国)などの「田舎」で、
『江戸・上方』などの娯楽文化を享受できた人がそれほど多いとは、私は思えないので、
広まったという表現は取らない。
地方の大きな神社などで行われた「勧進歌舞伎:今で言う地方巡業・ドサ廻り」に金を払えた層は、どれほどのものだろうか。
◆広まっていたと思うよ
例えば、京都の流行りの古着を購入してたりするし
江戸の事件も10日ぐらいで届いてる
大事件だと噂にもなるし
意外と情報は早かった


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