E5系やE6系等はパンタグラフ1基で走行できるのに、0系等はあんな

E5系やE6系等はパンタグラフ1基で走行できるのに、0系等はあんなにパンタグラフを上げていたのでしょうか?



0系は新幹線で唯一、特高圧引通線(通称ブス引き通し、ブス=母線(bus)のこと)を持たなかったためです。
パンタグラフは高速走行する新幹線において騒音の原因となり、またメンテナンス(摺板の交換)も必要になります。現在の新幹線は、特高圧引通線という高圧ケーブルを屋根上に通し、一つのパンタグラフから複数のユニットへ電気を供給します。一部の車両で貫通路上の屋根に碍子がついた太いケーブルがあるのがわかると思いますが、これが特高圧引通線です。
しかしながら、開業当初の東海道新幹線は、き電方式の関係上、特高圧引通線を使って複数のユニットに電力供給をすることができず、1ユニットに1つのパンタグラフを持っていました。全電動車だったので、12両で2両1ユニット×6ユニット、6基のパンタグラフがあったわけです。これは高速走行時に摺板の摩擦音や風切り音、スパーク音によって名古屋新幹線訴訟の一つの原因になったとも言われます。
東海道新幹線は平成3年に従来のBTき電方式→ATき電方式への変更が完了し、100系は同時に特高圧引通線を設置してパンタグラフを半分に減らす工事が行われています。0系は当時既に第一線を退いていましたので、準備工事が行われたのみでした。
◆丁寧な回答ありがとうございます。宜しければ他の質問にもお答え下さい。
◆昔の車両には、高圧線ケーブルが設置されてなかったから。
0系ではユニット2両分に1つのパンタグラフを設置していた。
今の新幹線車両には、高圧線ケーブルが設置されているので、
各ユニットに電気を供給する仕組みが出来たので、
パンタグラフが1編成で、1つか2つで間に合うようになっている。
マイナビニュース
鉄道トリビア
同じ10両編成の電車でも、パンタグラフの数が違う理由
◆0系の時代は、車両機器のユニット(2両1ユニットになっていた)ごとにパンタを上げていた。 また、この時代がき電方式の関係で、複数のパンタを母線で結ぶこともできなかった。
E5の時代になると、パンタから取り入れた電流を編成中に引き通した母線で全車両にとどけられるようになった。
パンタが高性能化され、空気抵抗を受けにくく、離線しにくくなった。
また、架線も高性能化(高張力化と軽量化)されますます離線しにくくなっている。
そのため、編成中、1基か2基のパンタで済むようになった。
◆ちょー簡単にいうと車両の性能が向上したためです
◆技術の進歩で
減らせたという
発想はお前さんには
ないのかい?
0系は
最初の形式で
今から
50年以上も昔の技術
◆0系の時代は、車両間の「特高圧引き通し」の技術がなかったのです。


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