昔の航空写真について。 国土地理院のwebページで、軍都・広島県呉市

昔の航空写真について。
国土地理院のwebページで、軍都・広島県呉市の戦後間もなく1947年頃の航空写真を見ていたのですが、少し不思議に思った事があったので質問させていただきます。 その戦後の写真は、まだ日本が立ち直っていなかった頃なので、米軍が撮影していました。
それで、自分の出身に少し関わりのある地域を見ようと検索したところ、同じ時期に同じ地域を何枚も何枚も写真に収めていたのです。ものすごい頻度で撮影しているため、「表示可能件数を超えています」と出るほどでした。検索したのは、海軍の基地があった場所ではなく、少し離れた普通の町です。まあ、燃料貯蔵所は近いですが。ですが、アメリカ軍はどうして海軍の基地でもない普通の町を、何枚も何枚も同じ時期に撮り続けたのでしょうか?
写真を見ると、まだ戦後すぐなので、屋根にバレバレの迷彩を施した建物などもチラホラ残っていました。それで、完全に非武装化が済んでいるか監視していたのかなぁとも思いましたが。
他にどのような理由が考えられますか?



昔の画像を見ると昔の人の考えや生き方を想像出来るようで面白いですね。
それくらいの年代はアメリカ空軍が撮影したものに切り替わります。日本の記録は残っていないのかもしれません。
おそらく、アメリカはしばらく偵察目的で日本の動きを監視していたのでしょう。空襲を受けた街には沢山の記録がより多く残っていることがその証だと思います。


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